洗濯とは衣類などについた<生活・家電製品・環境問題>

汚れを洗い落とすこと。

古くは洗濁ともいい、女性の仕事として長い間家事労働の大きな部分を占めてきたが、家庭電化による電気洗濯機の普及、新しい化学繊維や新洗剤の出現などにより、洗濯に費やす時間と労力は著しく合理化された。

洗濯は、衣服が着捨ての段階を経たのち貴重価値を生じるにつれて始められたが、最初の動機は宗教心に発していた。

体を水に清める沐浴と同様、古代人は穢も罪悪や災害と等しく罪とみなして、神の前で清潔であることに努めた。

『旧約聖書』のモーゼが、シナイ山で十戒を授かる前に人々に衣服を洗わせたのも、あるいは倭姫命が裳の汚れを洗ったという故事から五十鈴川が御裳川とよばれたのも、この神前潔斎の現れである。

また中国では司馬遷の『史記』に、父母に仕える道として倫理的動機から洗濯を行ったとあり、同じように主君への清廉潔白を表すものとして、鎌倉時代の武士はつねに洗濯の手入れの行き届いた衣服を着用した。

ホメロスの『オデュッセイア』には、美しい川辺の洗い場で女たちが洗濯をし、乾くまでの間、水浴、食事、まり遊びなどをしているようすが描かれている。

また『常陸国風土記』には、湧井戸のほとりで村の女たちが遊び楽しみながら洗濯をする記述があるように、古代人にとって川は自然の水道、浴槽であり、洗濯も沐浴もまず水辺から始まった。

原始的な洗濯は、川の流れにさらす方法から泉、沼、井戸の汲み水を使って浸す方法へと変わった。

やがて、浸すだけでは汚れが落ちにくいところから、手や足の操作によるもみ洗い、振り洗い、踏み洗い、さらに木の棒や石などの自然物を利用するたたき洗い、押し付け洗い、板もみ洗いなどが加わった。

また水を加熱することにより洗浄力が高まることを知ってからは、煮洗いや蒸し洗いも行われるようになった。

紀元前200年ごろのものといわれるエジプトのベニハッサンの岩墓壁画には、布をたたき、踏み、すすぎ、絞り、乾かすという洗濯作業のようすが描かれている。

古代エジプトでは洗濯ということばの象形文字が、水の中の2本の足で表現されていたことから、当時は踏み洗いが一般的な洗濯方法であったことがわかる。
update:2010年02月10日